ヘルスケア論文研究室
予防医学

ゲームとスマホの家族の悩みを、専門病院ではなく身近な窓口で支える試み

📄 S-FAME: a low-threshold municipal social services intervention for digital media-related family difficulties in children aged 10-14 years: protocol for a randomized controlled trial.

✍️ Kapetanovic, S, Claesdotter-Knutsson, E

📅 論文公開: 2026年1月

デジタルメディア ゲーム依存 子育て 予防 親子関係

3つのポイント

  1. 1

    スウェーデンで、10〜14歳の子どものゲームやスマホをめぐる家族の困りごとを、専門医療ではなく自治体の相談窓口で支える「S-FAME」というプログラムの検証計画が公開されました。

  2. 2

    少なくとも176家族を1対1の割合で振り分け、通常の支援と比べて子どもの画面まわりの問題や親子関係がどう変わるかを、費用対効果まで含めて調べます。

  3. 3

    これは結果を報告する論文ではなく「これから何をどう測るか」を事前に公開した設計図であり、効果があったかどうかはまだ分かっていません。

論文プロフィール

  • 著者: Kapetanovic, S / Claesdotter-Knutsson, E
  • 公開: 2026年(BMC Psychology 掲載、DOI: 10.1186/s40359-026-05302-x)
  • 調査対象: デジタルメディアの使い方(ゲーム・SNSの使いすぎ)や、それに関連する家族の対立を理由に自治体の福祉サービスに相談した、10〜14歳の子どものいる家族。少なくとも176家族を予定
  • 調査内容: 家族中心の支援プログラム「FAME」を自治体の福祉サービス向けに作り替えた S-FAME が、通常の支援と比べて子どもの画面関連の問題を減らし、親子関係を改善するかを検証する ランダム化比較試験 研究計画書(プロトコル)
  • 位置づけ: 結果報告ではなく、開始前に「何を、どう測り、どう分析するか」を公表した設計図。試験登録は ClinicalTrials.gov(NCT07245862)

エディターズ・ノート

「ゲームをやめない」「スマホを取り上げると大喧嘩になる」——この悩みは、多くの家庭にとって病院に行くほどではないけれど確実にしんどい、という中間地帯にあります。この論文が面白いのは、その中間地帯を専門の精神科医療ではなく、住民に一番近い自治体の窓口で受け止められるかを、正面から検証しようとしている点です。結果はまだ出ていませんが、「困りごとをどこで支えるべきか」という問いの立て方そのものを、研究室として共有したいと考えました。

実験デザイン

この研究は、スウェーデンの新しい社会サービス法が自治体に「早期で・敷居が低く・根拠にもとづく支援」を求めるようになったことを背景にしています。専門機関の枠を待つのではなく、まず身近な窓口で受け止める仕組みが機能するのか、という検証です。

割り付けの流れ

  • 参加自治体から、デジタルメディア利用や関連する家族の対立を理由に相談してきた家族を募集
  • 少なくとも176家族を、1対1の割合でランダムに2群へ振り分け
  • S-FAME群: 訓練を受けた自治体職員が、すぐに S-FAME を実施
  • 比較群: 研究期間中は通常の福祉サービスの支援を受け、その後に P-FAME(保護者向け・全3回のオンラインプログラム)を利用できる
少なくとも176家族を1対1で割り付ける設計を示した概念図(出典: Abstract。実際の登録数は試験終了まで確定しません) 0 18 35 53 70 88 家族数(目安) 88 S-FAME群 88 通常支援→P-FAME群
少なくとも176家族を1対1で割り付ける設計を示した概念図(出典: Abstract。実際の登録数は試験終了まで確定しません)
項目 家族数(目安)
S-FAME群 88
通常支援→P-FAME群 88
少なくとも176家族を1対1で割り付ける設計を示した概念図(出典: Abstract。実際の登録数は試験終了まで確定しません)

測定のタイミングと中身

  • 量的な指標は、開始前(ベースライン)・介入直後・1か月後の3時点で測定
  • 主な関心は、子どもの画面関連の問題と、親子関係にまつわる指標
  • あわせて、親のかかわり方(養育行動)の変化が、子どもの変化を橋渡ししているのか(媒介関係)も検討
  • 家族と職員へのインタビューやフォーカスグループで、実施のしやすさや受け入れられ方、「プログラム通りにやること」と「地域に合わせて変えること」のバランスを質的に検討
  • 自治体と社会全体の両方の視点から、導入コストと費用対効果を推計

募集は2026年2月に始まり同年12月に終了予定、最終的な分析は2027年の第1四半期を予定しています。つまり、効果の有無を語れるデータはこの論文にはまだ含まれていません

🔍 なぜ「結果が出る前」に設計図を公開するのか

研究計画書(プロトコル)を先に公開するのは、近年の臨床研究では標準的な作法になっています。

  • 後出しを防ぐ: 測る指標をあらかじめ宣言しておくことで、「都合のよい結果が出た指標だけを主結果として報告する」ことを防げます。
  • 検証可能性: 第三者が「計画通りに実施・報告されたか」を突き合わせられます。
  • 重複と無駄の回避: 同じ問いに取り組む研究者どうしが、設計を参照し合えます。

読者の側から見ると、プロトコル論文は「これから答えが出る問い」のカタログです。数年後に結果論文が出たとき、宣言と結果を比べて読むと、その研究の誠実さが見えてきます。

🔍 この研究計画の限界として、いま言えること
  • 結果が未報告: 効果の大きさはもちろん、「効果があるかどうか」も現時点では未知です。
  • 文化・制度への依存: スウェーデンの社会サービス法と自治体の体制を前提とした設計です。日本を含む他国にそのまま当てはまるとは限りません。
  • 追跡が1か月: 介入直後と1か月後までの測定で、年単位で効果が続くかは分かりません。デジタルメディアとの付き合い方は思春期を通じて変わるため、長期の見通しは別途必要です。
  • 対象が限定的: 自ら自治体に相談に来た家族が対象です。相談に至らない家庭や、すでに専門医療につながっている家庭とは事情が異なる可能性があります。

日常への活かし方

この研究はまだ答えを出していないので、「S-FAME をやれば改善する」とは言えません。ただ、設計の考え方そのものには、今日から参考にできる視点が含まれています。

1. 「子ども個人の問題」から「家族のやりとりの問題」へ視点をずらしてみる

S-FAME は、子どもだけを対象にするのではなく、家族全体を中心に据えた設計です。しかもこの研究は、親のかかわり方の変化が子どもの変化を橋渡ししているかを検証しようとしています。この研究を踏まえると、私たちの日常でも「どうすればこの子はゲームをやめるか」より前に、「わが家ではスマホやゲームをめぐって、どんなやりとりが繰り返されているか」を一度書き出してみると良いかもしれません。

2. 悩みが小さいうちに、身近な窓口を思い出す

この研究の核心は「敷居の低さ」です。専門医療にかかるほどではない段階の困りごとを、身近な場所で受け止められるか、を問うています。日本でも、自治体の子育て相談・教育相談・スクールカウンセラーなど、専門医療の手前にある窓口があります。「病院に行くほどではないから何もしない」と「病院に行く」の間には、実は選択肢がある——この事実を覚えておくこと自体が、いざというときの助けになります。

3. 変化を見る「ものさし」を、家庭にも持つ

この試験は開始前・直後・1か月後という3時点で測ります。家庭でも、ルールを変えたときに「何が良くなれば成功なのか」を先に決めておくと、感情的な言い合いになりにくくなります。使用時間だけでなく、朝起きられるか、食卓での会話があるか、約束の時間に切り上げられたかといった生活の手触りを指標にすると、実感に近づきます。

なお、この研究はスウェーデンの制度と、自ら相談に訪れた10〜14歳の子のいる家族を対象としています。この結果(そして今後出てくる結論)がすべての人に当てはまるとは限りません。

🔍 家庭で試せる「ふり返りメモ」の作り方

難しい記録は続きません。1日1行で十分です。

  • できごと: 「21時にやめる約束が22時になった」など事実だけ
  • やりとり: 声をかけたのは誰か、どう返ってきたか
  • 翌朝: 起きられたか、機嫌はどうだったか

1〜2週間分たまると、「時間そのもの」より「切り上げ方の合意がない」ことが問題だった、というように、争点がずれていることに気づけます。相談窓口に行くときも、この記録があると話が早く進みます。

読後感

デジタルメディアをめぐる親子の衝突は、「困っているのに、どこに持っていけばいいか分からない」種類の悩みです。この研究が挑んでいるのは、効果的なプログラムを作ることだけでなく、それを届ける場所を、暮らしのすぐそばに移せるかという問いでした。

もし今、あなたの家に画面をめぐる小さな摩擦があるとしたら——それは子どもの意志の弱さの問題でしょうか。それとも、家族がまだ合意の作り方を練習している途中、というだけの話でしょうか。