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予防医学

腸内細菌が持つ毒素が大腸がんの引き金に?日本人で特に高い変異パターンの発見

📄 Microbiome and Colorectal Cancer

✍️ Shibata, T.

📅 論文公開: 2026年1月

腸内細菌 大腸がん コリバクチン 若年性がん 予防医学

3つのポイント

  1. 1

    特定の腸内細菌(pks陽性大腸菌)が産生するコリバクチン毒素が、大腸がんに特徴的なDNA変異パターンを引き起こすことがわかりました。

  2. 2

    11か国・981例の国際比較研究で、日本人の大腸がんはこの毒素由来の変異パターンが他国より有意に高い頻度で見られました。

  3. 3

    この変異パターンは50歳未満の若年層や右側結腸・直腸で特に顕著であり、腸内細菌への介入が大腸がん予防につながる可能性が示唆されています。

論文プロフィール

  • 著者: Shibata, T.
  • 発表年: 2026年
  • 掲載誌: 記載なし(国際共同研究の知見を含むレビュー論文)
  • 調査対象: 日本を含む11か国から収集された大腸がん検体 981例
  • 調査内容: 腸内細菌が産生するコリバクチン毒素に起因するDNA変異パターン(SBS88・ID18)の国際比較、および年齢・部位別の分布

エディターズ・ノート

日本は世界的に見ても大腸がんの発症率が非常に高く、特に50歳未満の「若年性大腸がん」の増加が問題になっています。食生活の欧米化だけでは説明しきれないこの増加の背景に、腸内細菌が作り出す「毒素」が関わっている可能性を示す国際共同研究が発表されました。私たちの腸に住む細菌が、がんのリスクとどうつながっているのか——最新の知見をお届けします。

実験デザイン

本研究では、日本を含む11か国から集められた981例の大腸がん検体を対象に、がん細胞のDNA変異パターンを比較する大規模な国際共同研究が行われました。

注目されたのは、腸内に存在する特定の大腸菌(pks陽性大腸菌)が産生するコリバクチンという毒素です。コリバクチンは、DNAのうちAとTが連続する部分(AT-richな領域)に結合し、特徴的な変異の「指紋」を残します。この指紋にあたるのが、SBS88ID18と呼ばれる変異パターンです。

研究チームは、各国の大腸がん検体においてSBS88・ID18がどの程度の頻度で見られるかを比較しました。

日本と他国におけるコリバクチン由来変異パターンの頻度差(概念図:実際の相対差を示すイメージ) 0 16 32 48 64 80 相対的な頻度 80 日本 30 他国平均
日本と他国におけるコリバクチン由来変異パターンの頻度差(概念図:実際の相対差を示すイメージ)
項目 相対的な頻度
日本 80
他国平均 30
日本と他国におけるコリバクチン由来変異パターンの頻度差(概念図:実際の相対差を示すイメージ)

その結果、日本の大腸がん検体では、コリバクチン由来の変異パターン(SBS88・ID18)が他国と比較して有意に高い頻度で検出されました。

さらに、この変異パターンには以下の傾向が見られました。

  • 年齢: 50歳未満の若年患者で特に多い
  • 部位: 右側結腸(盲腸・上行結腸など)や直腸で顕著
🔍 SBS88・ID18とは何か?

SBS88とID18は、がん細胞のDNA配列に見られる変異の「パターン名」です。

  • SBS88(Single Base Substitution 88): DNAの1文字が別の文字に置き換わるタイプの変異で、コリバクチン毒素に特有のパターンです。
  • ID18(Insertion/Deletion 18): DNAの一部が挿入されたり欠失したりするタイプの変異パターンです。

これらは「変異シグネチャー」と呼ばれ、がんの原因を推定する際の手がかりになります。たとえば、紫外線による皮膚がんや喫煙による肺がんにも、それぞれ特徴的な変異シグネチャーが知られています。コリバクチン由来のSBS88・ID18が多いということは、その大腸がんの発生にコリバクチンが深く関与していた可能性を示唆します。

🔍 なぜ日本人に多いのか?

本研究では、日本でコリバクチン由来変異が高い頻度で見られる正確な原因までは解明されていません。ただし、以下の可能性が議論されています。

  • pks陽性大腸菌の保菌率が高い可能性: 食習慣、衛生環境、抗菌薬の使用パターンなどが腸内細菌の構成に影響し、pks陽性大腸菌が定着しやすい環境を作っている可能性があります。
  • 食生活だけでは説明できない: 欧米型の食事が大腸がんリスクを高めることは知られていますが、日本の大腸がん増加はそれだけでは説明がつかず、腸内細菌を介した別の経路が存在することを本研究は示唆しています。

今後、日本人集団におけるpks陽性大腸菌の保菌率調査や、感染経路の解明が重要な研究課題となります。

日常への活かし方

この研究は、私たちの腸内にいる細菌が大腸がんの発生に関与しうることを示した重要な知見です。ただし、「pks陽性大腸菌を持っているかどうか」を一般の方が検査する方法は、現時点ではまだ確立されていません。その前提のうえで、研究の示唆を日常に活かせるヒントをご紹介します。

1. 腸内環境を意識した食生活を心がける

腸内細菌のバランスは、日々の食事に大きく影響されます。食物繊維が豊富な野菜・果物・全粒穀物、そして発酵食品(ヨーグルト、味噌、納豆など)を日常的に取り入れることで、多様な腸内細菌叢を維持しやすくなります。多様性が高い腸内環境は、特定の有害菌が優勢になるのを防ぐ一助になると考えられています。

2. 大腸がん検診を積極的に受ける

特に日本は大腸がんの発症率が高い国です。40歳以上の方は定期的な便潜血検査を、精密検査が必要とされた場合は大腸内視鏡検査を受けることが推奨されます。若年層でも、便通の異常や血便など気になる症状があれば、早めに医療機関に相談しましょう。

3. 不必要な抗菌薬の使用を避ける

抗菌薬(抗生物質)は腸内細菌のバランスを大きく変えることがあります。医師の処方に従って適切に使用することが大切です。

🔍 腸内細菌と大腸がん予防の将来像

本研究の著者は、将来的に以下のような予防戦略が実現する可能性を示唆しています。

  • pks陽性大腸菌への感染予防: 感染経路の特定と予防法の開発
  • pks陽性大腸菌の除菌: 有害菌を選択的に排除する方法の確立
  • コリバクチン毒素の機能阻害: 毒素の作用をブロックする薬剤の開発

これらはまだ研究段階ですが、腸内細菌を標的とした大腸がん予防は、今後の医学において重要な領域になると期待されています。特にpks陽性大腸菌の感染率が高いと推定される日本では、こうした介入の恩恵が大きい可能性があります。

ただし、この研究はがん検体の変異パターンを分析したものであり、「腸内細菌を変えれば大腸がんを確実に予防できる」と結論づけるものではありません。今後の研究の進展を注視しつつ、現時点で確立されている検診や生活習慣の改善を着実に続けることが大切です。

読後感

私たちの腸の中には、数百種類を超える細菌が暮らしています。その中に、がんの種をまく細菌がいるかもしれない——本研究はそうした可能性を、大規模な国際データで裏付けました。

将来、腸内細菌を調べることが大腸がん予防の第一歩になる時代が来るかもしれません。

あなたは最近、ご自身の腸内環境について考えたことはありますか? 日々の食事や生活習慣の中で、腸を労わるために取り入れられそうなことはあるでしょうか。